H2

H2 文庫版 コミック 全20巻完結セット (小学館文庫)
 

 なぜ今になって自分がこの作品を読んだかというと、ネットのバナー広告に負けたからだ。
肩を壊したと思い込んで野球部のない高校に入学した元野球少年の主人公、比呂。サッカー部に入ったところ、たまたま部ですらない野球愛好会と試合をすることに。野球愛好会をいたずらに手玉にとるサッカー部に苛立ちを覚えた比呂はその場で愛好会に入会するが、彼は中学時代にノーヒットノーラン、完封勝ちをいくつも成し遂げ全国大会での優勝経験ある超甲子園級のピッチャーだった…。

あだち作品といえば、「ナイン」が好きで「タッチ」も読んだが、それまでの主人公はわりとウジウジした内向派。走れば超高校生級の速さ「ナイン」にしろ、死んだ双子の弟と同じかそれ以上の実力を秘めた「タッチ」にしろ、毎度試合では苦しんで勝つイメージがあったが今作は実力も即戦力でパワー級。性格もウジウジせずカラッとした外向的と、見てて安心なキャラ設定。あだち作品としては必ずしも珍しいわけでもないが(「虹色とうがらし」がそんな感じだったような)、過去見た2作よりはこういうのが好みなんだよな。で、バナー広告につられてサンデーうぇぶりをインストール。1日2話ペースで読むことに。週イチよりは断然早いのだが、読もうと思えば先も読めるわけで。途中で限界に達し。久々に漫画喫茶で一気読みすることになった。

ここからは作品感想ね。

序盤の楽しみは上で挙げたサッカー部対決後、肩が壊れていなかったことに気づいてからの「無名だと舐めてかかってくる相手を手玉にとり、周りが驚く」試合をしながら、愛好会を部に、そして初参加で甲子園へと駆け上っていくアッパー展開。しかしこの作品もあだち作品の例に漏れず恋愛模様がクローズアップされていく。仕込まれた設定は、幼馴染の女の子ひかりを中学時代に親友で同じく超ド級野球少年英雄に紹介。二人はカップルとして成立するが、成長の遅れていた比呂はその後ようやく自分がひかるを恋愛対象として気づいてしまう。ひかりも成長した比呂を意識せざるを得ないが、英雄が好きなのは変わらない。そんな三角関係。そして比呂と英雄は潜在的な恋のライバルという自覚を持ちながら、親友であり野球対決のライバルという関係を維持。中学で同じチームであった二人は高校では別々になり、共に甲子園において2年の夏は英雄が。3年の春は比呂が優勝するが共に戦うことはなく。3年の夏の甲子園準決勝が初の公式対決となる。

問題はこの最後の対決の扱い。試合の直前になり、モヤモヤした関係にふんぎりを付けたくなった英雄がひかりにこの勝負の結果を見てもう一度自分か比呂のどちらか選べともちかけてしまい、さらにそれが比呂に伝わり、この対決が純粋な野球対決ではなく、恋の争奪戦的色合いをもってしまったのがひとつ。
もうひとつが作品の書き方。あだち作品はわりと物語を文章で説明するより読者に流れで読み解かせる表現方法を用いることがあるのだが、この試合はその描き方がキレキレで読み取りが難解になっていること。実際読後にいくつかの解説ブログを読んでみたのだが、みんな違った読み取りをしており定まっていないという…。
以下は自分なりの解釈。漫喫一気読みなので、さんざん読み込んだと思われる各ブログの解釈にはきっと適わないだろう。読みなおしたらまた変わりそうだが現時点で。

読み解きの基本は、迷ったら原点に返ること。

この三角関係の特徴は、比呂とひかりの間に惹かれ合うものがあったとはいえ、そもそも3人ともこの関係を壊すことを望んではいなかったということ。ひかりは比呂も好きだが、その好きには恋愛対象でない「好き」も含まれている。英雄は純粋な恋愛対象だ。比呂もひかりへの恋を抑えきれないぐらいには持ってはいるが、同時に彼は親友としての英雄も好きだし、好き合っている英雄とひかりも好きなわけだ。もちろん、改めてひかりに選ばれるチャンスを得た(かもしれない)動揺で、試合中の比呂の感情が揺れに揺れたのは確かだ。ひかりを英雄から奪ってやるぐらいの気迫を込めた瞬間もあったかもしれない。しかし、比呂自身の決着をつけたのは最後の一球。100%ストレートが来ると英雄が信じていると確信した比呂がそれでもストレートを投げたのは、親友に対しての彼の真性な想い。それとストレートで打たれようが高速スライダーで三振に打ち取ろうが三人の関係は変わらないし変えられないという結論に投げることで気づいたからなのだと思う。(投げる直前までは高速スライダーのつもりだったわけで)
一方の英雄は、そもそも比呂との大事な野球対決を恋愛対決に変えてしまっただけでなく最後の最後で比呂の想いを見誤り三振に打ち取られる。この情けなさ。だが、普段の実直さと、その奥にある彼の情けなさこそがひかりの居場所であり、最終的に選びようもなく英雄とひかりの関係性が確定。最後の一球でそれを自覚した比呂は涙した。…といったところだろうか。

追記したいのはこの試合におけるひかりの母の存在。

終盤においての彼女の死が三人の関係を揺るがすことになった要因に間違いなく。比呂はベンチに彼女の写真を貼り、そして「何かの意思」が現れる場面が2回ある。ひとつは英雄との最後の対決で、あわやホームランという当たりが風に吹かれてファールになるシーン。そして最後の一球を高速スライダーでなく、ストレートに変えたシーン。ファールになるシーンで比呂が「どうしても勝てってか」と呟くのはひかりの母に言ったのではないか、と自分には思えた。

彼女は当初息子が欲しかったが、比呂がひかりの幼馴染として現れ、ひかりの家庭に入ってきたことでその願望がなくなっている。それは比呂を自分の息子のように思っていた証で、その親愛の情はあとからひかりの恋人として現れた英雄の比ではない。だから試合で比呂が有利になるような偶然はひかり母の業に違いないはず。そして、最後の一球のストレート。比呂が自分でストレートで投げたのか、それとも比呂が言う通りたまたま曲がらなかったのかははっきり表現されていないが、その決断か偶然にもひかり母の力が入っていた可能性はある。彼女は純粋に「息子」比呂の勝利を期待していたが、本当は比呂こそひかりと付き合って欲しいと願っていたと思われ、そこに彼女の想いが介在できなかったところも、比呂の涙に繋がっているのだと思う。…ひかり母の解釈はちょと踏み込み過ぎかな。

ともあれ、比呂英雄の夢の甲子園対決は恋の争奪戦としてミソがついてしまった。純粋な対決は二人のプロ入り後に持ち越されてしまったし、スポーツ記者への道を進むひかりは後日ふたりとのことを記事なり本として執筆するのかも描かれなかった。それは甲子園決勝の勝敗と合わせて読者向けの妄想のネタということで。

同じく妄想のネタは古賀春華。比呂英雄ひかりの3人の固い関係にはまるで食い込むことができなかったが、最後までそういうフリーな位置でいられたのが彼女の魅力だったのだと思う。