いだてん

旧来の大河ドラマファンから総スカン。視聴率は最低での批判は甘んじて受けるしかないだろう。だいたい近現代ものが視聴率をとれないのはわかっていたはずだ。それでも、1年間、この規模、この予算感でドラマを作るなら、大河ドラマの枠を使うしかなかったはずで。その恩恵を受けた僅かなファンにとってはまさに天恵ものな作品だった。

現代日本スポーツ史なんて、調べているひとも少ないうえに、さらに資料が膨大。ネットの取材記事によれば、スタッフが新しい史実を発見して、使えるネタを当てはめていったらしく。オリジナル演出だと思っていたら、実際に史実としてあったシーンは結構あるらしい。

そのあたりのすごい話はこちら。

 

realsound.jp



ぜひどこかで「いたてん:これは史実」まとめサイトを作ってもらえないものか。学術的にも意味あると思うのだが。

ドラマ自体はかなり複雑と言われていたが、ちゃんと整理してみると、6本ほどの流れを見ればいいとわかってくる。

1) 金栗四三
主人公その1。五輪選手の視点。もっとも、このひとのやったことといえば、ただ走るだけ。ずっと走るだけ。なのでこのひとを追うだけだと割と退屈になるのは否めない。もちろん前半の金栗編ラストの震災で苦しんでるひとたちに物資を運ぶ「真のいだてん」になるってのはいいオチだった。また50年経ってのストックホルムゴールイン、はおいしいネタだけに絶対最終回の最後にやると思ってた。もっとも最終回は60分だと知らなかったので、40分あたりでかなり焦ったものだが。治五郎のストップウォッチがここで止まるという演出もいい。

2) 田畑政治
主人公その2。五輪誘致の実行委員側。頭も回るし口も回るので金栗時代とはだいぶ趣も変わって楽しかった。東京五輪直前に解任される話は事前に知っていたので、どういう流れでなるのかという興味で見ていたな。インドネシアのトラブルは不運としか思えないが、帰国後のドタバタが、まさに田畑氏ならではの失敗で、納得度は高かった。
(適役となる川島氏に扱いは特筆もの。明らかに悪役然としたふるまいだったが、決して悪ではない。実際史実としての活躍も多いひとなので。そういう描き方もうまかったな)

3) 加納治五郎
この話の主人公をひとりに絞れ、といえば、確実にこの人になるはず。死んでなお存在感が衰えることなく、1話から最終回まで、まさに物語の精神的柱となっていた。五輪の話だから仕方がないが、この人はむしろ柔道設立者としての一面の方が有名で、その点がほとんど触れなかったのが関係者にとっては残念に違いない。せめて柔道の道場関係者や弟子らも出してあげればよかったのに。これはいつかの大河ドラマ「加納治五郎」に期待するしかないな。

4) 女子体育
金栗四三の仕事として入っていたから都合が良かったともいえるし、大河ドラマに女性視点を入れたいNHKからも都合良く。なにより女性視点を織り込むことで時代の変化を表すことができたので、わざわざ途中に時間をとっていれる意義は大きかった。後述するシマさんから始まり、村田富江人見絹枝前畑秀子→女子バレーまでの流れを追うのに意味はある。
ただ女性の活躍といってもこの時点では選手止まり。来年の東京五輪を語る場には、実行委員側で奮闘する女性の姿もあるはずだろう。きっとね。

5) 古今亭志ん生
脚本側からすれば、まず落語の話を書きたかったらしい。そこで物語の語り手として志ん生一味を入れるというアクロバティックな方法にしたようだが、ケチをつけたいひとには格好のネタにされた感じ。話をややこしくした一因なのは否定できないがドラマの彩に貢献していたのは事実で、自分はこれで良かったと思うよ。逆になかったら、かなり味気ないドラマに留まってたのではないかな。

6) 五りん一族
脇役にいたるまでほとんど実在の人物で固められたこのドラマにあって、あえてオリジナルとして設定されたキャスト達がいた。どう考えても作り手のなんらかの意思が込められてるはずで、あえて注目してきたら、ビンゴ。そりゃそうだね。彼らの血の繋がりが、50年という長い物語に一貫性を授けたのだと思う。女子体育に理解のない時代に、そのきっかけを体現し、震災で亡くなった祖母シマ。五輪選手を目指すが、戦争に駆り出されて命を散らした父小松勝。そして志ん生の弟子として語り部の立場に立ちつつ、時としてドラマに下りてくる息子五りん。完全オリジナルキャラとして、唯一、脚本側が本当に自由に動かせた彼らがいて、初めていだてんという長いドラマがまとまるわけだ。


そして音楽。大友氏の楽曲は、あまちゃんの時に分かってはいたが、シンプルでベーシック、素朴で思わず楽しくなるメロディラインは今回も健在でうれしかった。

大河ドラマとしては汚点で語られることもあるだろうが、そうでない1ドラマとして大変良いものを見せてもらえて満足だった。2019年はこれで生き抜くことができたし、2020年の東京五輪もこの余韻で楽しく迎えられるだろう。「クドカンのいだてんは絶品」なのだった。


蛇足でもうひとネタだけ書いておこう。ドラマ中盤頃、いだてんの感想を探していたら、エキストラ募集のページが出てきてね。見れば車で1時間以内、筑波の方のロケ地。仕事の休みのタイミングでもあったので、参加してみた。弁当はすごい安いんだろうなというレベルの石のように固いおにぎりで、一日の大部分は待ち時間。ずっとプレハブの中で座っている、という苦行だったが、これも良い思い出と言えよう。撮影してもらったのは2つのシーン。ひとつは震災でみんなが暗い顔して歩いてる雑踏のシーン。新聞片手に、知らないじいさんと道を歩いた。もう1シーンも震災後、燃えカスの木材、というか残骸を整理するおっさん役、どちらも…出てたにしても一瞬で分からない感じだったな。金栗氏、田畑氏らのメインキャストの姿も見たが自分からはずっと遠く。これじゃ映るわけないね。